UK9報道部

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欧米と大きく異なる。日本でポピュリズムが振るわない理由

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kalhhによるPixabayからの画像

海外から教えられる日本の話って、的を得ていないものも結構あるんですが、日本人だけど知らなかった、なるほどなぁと思うこともたくさんあります。本日は中東のアルジャジーラの記事。いまいち立ち位置が分からないメディアなんですが、たまに仕事のソースとして使っています。

 

www.aljazeera.com

 

書いているのは日本在住のジャーナリスト、マイケル・ペンという方です。いきなり中曽根さんの写真で入ってきたので何かなと思ったんですが、どうもボトムアップ政治といわれる、大衆の中から上へ働きかけていく政治は、中曽根時代に消滅したということらしいです。

 

中曽根首相(当時)は、1987年に国鉄民営化を実現。その過程で強力な国鉄労組は壊滅したということ。そして1980年代終わりまでに、日本のほとんどの労組は日本労働組合総連合会(連合)の傘下に再編されました。連合は30年以上の歴史の中で大規模ストを支援したことのないおとなしい労組であり、ささやかな要求で満足してきたということです。

 

中曽根氏の期待通り、労組を手なずけたことで10年も経たないうちに野党第一党社会党が崩壊。選挙運動に動員できる組合員のバックアップがなくなり、ビジネス界、専門家組織からの政権与党へのサポートに対抗することができなくなりました。

 

これにより、反体制的政治運動が成長し発展する余地があった時代は、日本政治においては終わりを告げました。だから、世界で起きたポピュリスト運動が、日本を素通りしてしまったんだそうです。うーん、策士中曽根にやられた、って感じでしょうかね。

 

これで終わりではなく、お話は続きます。

 

まずポピュリズムとは何ぞや、なんですが、実は定義はないということ。一般には、政治指導者が腐敗したエリートと戦う国民の代表として登場してくるというシナリオなんだそうです。しかし日本の政治システムには構造的障害があり、これがポピュリスト政党登場を難しくしていると西南学院大学のクリス・ウィンクラー氏が指摘しています。

 

日本の政党は自民党を除き、国政レベルの政治家だと意見の違う人々との妥協を余儀なくされ、選挙に勝つために他の小政党と協力することも。そして、与党も派閥があるため妥協を求められ、ストレートに我が道を行くこともできないシステムとなっているというご指摘です。

 

ということで、トランプ氏のような人物は日本では絶対に勝ち目はないとウィンクラー氏は主張します。自民党がそんな人に我慢できるわけはなく、完全なアウトサイダーが勝てるわけはないということです。また、テンプル大学ジャパンキャンパスのマイケル・チュチェック氏は、金で政界への道を買うことは日本ではできないので、トランプ型の登場は期待できないとしています。

 

そうなのか。でも孫さんや前澤さんならやればできそうな気も(笑)。

 

実は選挙制度だけの問題ではないという意見もあるそうです。シンクタンクアメリカ進歩センター、アジア担当シニアフェローのトバイアス・ハリス氏は、選挙制度はルールであって、国民の求めに応じて政党システムも変わるはずと主張。日本でポピュリズムが振るわないのは、年金、失業手当、皆保険などの社会的セーフティネットがしっかりしているため、深刻な貧困があまりない、または目に見えないからではないかとしています。

 

ウィンクラー氏は、過去20年で日本の不平等は増加傾向にはあるものの、アメリカのレベルにははるかに及ばないと指摘。経済的に苦しくなっている人が多い割には、ほとんどの日本人は自分は中流と思っていると述べています。なるほど。ということはみんなで下方に向かったため、中流のハードルが下がった結果、「みんなと一緒=まだ中流」が維持されているということでしょうか。

 

さらに、欧米のような金遣いが極端に派手で、超豪邸や人里離れた隔離された警備付きの場所に住むような大富豪は日本には少ないと同氏は述べ、そもそも平等、相互協力を重んじる日本では、富を誇示することは社会的に受け入れられないと解説しています。確かに、最近ネットの監視も厳しくなり、そういう生活をしているとものすごいバッシングを受けそうです。というわけで、同氏は、最近「上級国民」などという言葉が流行っているものの、国を支配する「1%」の欧米的議論は、日本においては主流ではないとしています。

 

もう一つ日本の特徴は、欧米で広がる都市部と農村部の格差があまりないことだそうです。ドイツ、デュイスブルク・エッセン大学のアクセル・クライン教授によれば、自民党が地方を存続させるため、多くの資金を投入。これにより、地方の日本人は、欧米の農村民のように「忘れられた人々」にはなっていないとしています。

 

ハリス氏は、もし日本に都市と農村の分裂があるなら、田舎の人が都市のエリートに向けたものではなく、都市の苦境に立つ人々が、田舎を拠点としたエリートに対し立ち上がっていることだ、と述べ、逆のポピュリズムになっている可能性を指摘しています。よって、田舎の怒りがポピュリズムにつながる欧米型にはならないということらしいです。田舎を拠点としたエリートっていうのがよく分からないですが、なんとなく理解はできます。

 

で、最後のポピュリズムにならない要因ですが、これはズバリ、日本の外国人・移民社会が非常に小さいせいだそうです。人口の2.3%しか占めていないため、政治議論の中でほとんど無視されると。上智大学のティナ・バレット氏は、欧米では反移民感情がポピュリズムにつながる重要な要素と指摘し、人口減少の日本では移民に仕事を奪われるという危機もなく、むしろ労働力不足としています。

 

ここは一応移民受け入れに舵を切ったとしている日本社会にとっては今後問題になるところかもしれないですね。難民問題なんかを見ていても、外国人に対する寛容さや忍耐度は低いので…。

 

もっともこれまでポピュリストを代表する政治家は、日常的にいたと記事は指摘し、小泉純一郎元首相、小沢一郎民主党党首を上げています。しかしハリス氏は、国家レベルの日本のポピュリズムはその後死滅したと指摘。民主党政権の失敗で、一般人は、日本をより自立的で社会的に活気ある国にするという前向きな政治変化を期待することに疲れ、安倍晋三氏の復活へとつながっていったとしています。

 

一方ローカルレベルではポピュリストはいるとずっと出ているとされています。元大阪市長(府知事)の橋下徹氏、河村たかし名古屋市長、田中康夫長野県知事小池百合子東京都知事など。しかし他国のポピュリストとは全く異なるとベレット氏は述べ、日本の場合はいずれも体制側の人物だとしています。そうですね、明らかに極右とか共産主義者みたいな政治家は選ばれていません。

 

で、また最初の中曽根さんの話に戻ってくるんですが、結局1980年代に労組が淘汰された後はそれに代わるものは出てこず、主流から外れた世界観を組織的に育むことができなくなったということです。自民党は1955年以来ほぼ一党独裁に近い形で日本を運営しており、クライアンティズムと呼ばれる、サービスや物品を期待して投票させるような政治スタイルで続いているということです。

 

このような構造的支配は、本来なら左派で活動するはずの多くの人々のファイティングスピリットを失わせたとクライン氏は指摘。さらに提供されたそれなりの生活に落ち着いて人々が政治に目を向けなくなっているようだと述べています。若者に協力、妥協、他者への依存を優先させる教育も貢献してしまっているとし、「日本人は自分の意見を表明し、それを論じるという育てられ方をしていない」と見ています。

 

まとめると、現代日本でのポピュリスト政治の弱さは、制度的バリアや反体制的な政治のためのプラットフォームがないことに加え、教育の仕方にも起因するということです。クライン氏は、「自分の意見が正しいと確信し、それを外に伝えたいと思わないのなら、そして自分についてきて同意することを他者に望まないのであれば、そこにはポピュリズム推進のための燃料はない」と結論づけています。

 

ポピュリズム不振というよりも、全部読むと日本人の政治への無関心というお題だった気がしますね。極端な話、政治に関心があれば、ポピュリズムが支持されて当然ということなのかもしれません。私は選挙には毎回行っているんですが、もうそれだけではだめなのかなあとも思い始めています。ただ、私一人でどうすればいいんだ、という気持ちもありまして、日本の将来、少し悲しくなってしまうのでした。