UK9報道部

良質な「コタツ記事」を目指します。海外ニュースがメイン。

小山田君の件で思い出したこと。

f:id:UK9:20210719132726j:plain

私は若いころレコード会社に勤めていて、少しだけフリッパーズ・ギター時代の小山田君を知っています。「カメラトーク」が出た後ぐらいまでしか知らないけど、その後私は会社をやめてアメリカに行って、その間にグループは解散したようです。日本に帰ってきたら、いつのまにかもう一人のフリッパーズの小沢君は王子様になっていて、小山田君は通の人が好きそうな、おしゃれなミュージシャンになっていました。

 

フリッパーズの前身は別の名前のバンドで、デビュー前に二人になりました。最初のアルバムは全曲英語。ブリティッシュっぽい曲に小沢君の甘酸っぱい歌詞と小山田君の無邪気な少年っぽい声が素敵な、アズテックカメラを思わせる日本には珍しい感じのサウンドでした。演歌やアイドルが売れ筋だった当時のそのレコード会社にとっては不似合いな存在でしたね。

 

思った通り評判になり、当時雑誌社や新聞社を回っていた私が見本版を渡すと、編集者や記者の皆さんはたくさんレビューを載せてくれました。いつもは全く私の持ってくるものなど聞いてくれないスポーツ新聞社のおじさん記者さんが、レビューを書いていたのに驚かされました。多分読者層には全然あってなかったんですが(笑)、常日頃いろいろ聞いていたその人には、響くものがあったんだとそのとき感じました。フリッパーズ・ギターって、多分音楽好きな人にとって画期的だったんです。

 

彼らは、レコード会社内でも特別な存在でした。彼らのプロデューサーもまたおしゃれな経歴の方で、二人を大事にしていたようです。会社もお金をたくさん使っていました。ジャケットや販促物も豪華でしたし、海外レコーディングにも出かけていました。ほかのプロデューサーがそのことをどう思っていたかは大体わかっていましたけど、特別だったんです。

 

話は変わるのですが、私は小山田君の件で自分の中学生のころの事件を思い出しました。3年生の時、卒業アルバム委員みたいなのになり、アルバムに載せた写真にいろいろキャプションをつけるという係でした。私は面白おかしくするために、結構きわどいキャプションをつけたりしていまして、そのなかの一つを見た担任の先生がそれを差し替えるように私に言われたんです。

 

写真は男子が走っているもので、ちょうど角度の影響で片足の半分が見えなくなっていました。そこにつけたキャプションは、今考えると趣味の悪いブラックジョークみたいなものでした。先生は、「このジョークがもし将来現実になったら、書かれた人を一生傷つけることになる。あなた自身も一生悔やむことになるよ」と言われたんです。

 

私はその先生は好きではなかったし、子供だったのでその時はむっとしつつトーンダウンしたものに直しました(それでもひどかったけどマシでした)。その後冷静に考えてみると、先生の言葉は言い返すこともできない全くの正論でした。自分は人のことなんか何も考えずなんて恐ろしいことをしていたんだろうと思いました。そう思ったら時間が経つとともに怖くなって、ほかのものまで全部直したくなりました(結局他は直しませんでしたが)。今でも罪悪感があって、アルバムは見たくありません。

 

あれから何十年も経ちましたが、私は先生が叱ってくれたことで、救われたと思います。別に有名人でもなく平凡に生きていますが、卒業アルバムという後々残るものに完全にアウトなものを残さず済みました。思春期の子供とは言え、人としてやってはいけないことを指摘してくれた先生に、今では感謝しかないです。

 

小山田君がいじめをしていたという過去は消えません。また、雑誌で繰り返し面白ネタとして披露し、自分のやったことのひどさを気にしていなかったという事実も消えません。あの内容を記事にしたロッキングオンの編集者さんは謝罪されていますが、当時彼も会社も記事にすべき内容ではないと思わなかったようです。だから世に出てしまった。小山田君が反省していようといまいと、掲載してしまったことは編集者、出版社としての責任欠如でした。これはまた別の問題。

 

一方、雑誌になったとき、小山田君の周りのスタッフで「これはダメでしょ」と言ってくれる人もいなかったのだと思います。担当の宣伝マンならたとえ原稿を見せてもらえなかったとしても、雑誌は読んでいるでしょうし、クイック・ジャパンの記事の場合はその企画内容を事務所の人も知っていたと思います。

 

もし誰か彼に近い人が、すでに傷つけてしまった人をもっと傷つける行為だと激しく注意してくれていたならよかった。有名人だけにその行動が見ず知らずの他人にすべて届いてしまう可能性もあると、それがキャリアに害を及ぼすこともあるんだと教えてくれる人がいればよかった。そうだったなら、その時点で彼も気が付いたのではないでしょうか。

 

小山田君の私のなかのイメージは、20代前半の若く瑞々しいものですが、最近の写真を見たらすっかりおじさんでした(私がすっかりおばさんのように)。結婚して大きなお子さんまでいるのも不思議でもないですね。少しだけ彼の曲を聴いてみましたが、おしゃれでかつ凝った実験的な感じで、音楽家としてはちゃんと成熟していたんだなと感じました。

 

残念なのは、彼の才能を評価する取り巻きは多くても、彼を人として成長させてあげようという人に恵まれなかったことだと思います。彼をたたく人も多いのですが、たまたまある時期を同じ空間で少しだけ過ごしたものとしては、今からでも反省し償い、やり直してほしいなと思うのでした。

 

追記:昨日公開したのですが、少し手をいれました。内容はほぼ変わっていません。小山田君は五輪の音楽担当を辞任したようです。過去は消しようもないものですから、しっかりけじめをつけてこれからの活動に反映させてくれることを希望します。そして当時の彼に関わった人も皆、関係ない、語りたくないという気持ちはわかりますが、自分のなかだけでも反省してほしいですね。